新疆の暴動をちゃんと報道してるんかと自宅のお化けアンテナで、上海東方衛星テレビを見てたんですが、やはり(と言うか案の定)まともにやっておらず、天気予報を見てさあ寝るかと準備してたら、

♪なにからつたえればーいーいのかわからないまま(略)

懐かしすぎます。

いわゆる東京ラブストーリーです。

記憶が間違ってなければ、このドラマ、アジア各国でヒットしてたはず。
中国、特に上海人の男が江口洋介の髪形を真似してたようですが・・・
実際は今で言うところの狩野英孝と化していました。

そして、本放送の頃、確か高校生でした・・・。
20年以上前なんだ・・・

ちょうど、完治とリカが一夜をともにしこれから付き合い始めるというエピソードだったのですが、リカのあの台詞が「(18禁)しよう」が、中国語では「一起回家!(家に帰ろう)」となってたのに(本来であれば、「那、我們上床!」と言うべきなんでしょうが)当時の中国社会の
状況を垣間見てしまいました。

確かに、上海にいた頃某上司がKTVでおねいさんに「一起回家!」と口説いてはいたようでしたが。

因みに、本放送の時で自分は家族と見てたのですが、カフェオレをカップにブッと吐いた他、非常に気まずい雰囲気が流れたのは言うまでもありません。
Lesson 984 アンテナその後
Lesson 984 アンテナその後
結局、自力ではアンテナの調整はおろか、パーツまで破壊してしまうと言う体たらく。
専門の業者にお願いしました。
因みに工事料金全て込みで45000円。比較的安いそうです。
http://www.touseieng.com/

作業は9時過ぎからスタート。
早速アンテナの組み立てに間違いがあることを指摘されました・・・・
まずはその修正から。

それから、いよいよアンテナを固定させます。
ブロックを6つ並べ、その上下をベニヤ板で固定させます。

固定させてから、いよいよ衛星の電波を調整していきます。
今回はChinasat6bという大陸の放送が受信できる衛星に合わせます。

でも、その過程で、アルジャジーラや、STAR TV Indiaが映るAsiasat3bの
受信も出来ることが判明。
うおー、踊ってるぜ。マハラジャが(アホ

(結構きれいに映るんだな・・・これが。)

実際、西葛西や市川方面のインド人の依頼も多いとのこと。
一応調整できるように位置の印をつけてもらいました。

それからゆっくりChinasat6b衛星に向けてアンテナを回して行きます。
施工担当者曰く、すぐ横に鉄の柵があるので、影響が出ているとのこと。
いい感じのシグナルの強さが出たので、そこに場所を固定し、
仰角(アンテナの高さ)、そしてLNBFコンバータ(アンテナの先につける筒みたいなもの)
の角度を調整して行きます。

お、すごい。あれほど映らなかった湖南衛星放送が。

殆どのチャンネルが見られるようになりました。

そして最後に、ケーブルを部屋の中に入れて行きます。
今回は隙間ケーブルを使わずに済みました。

3時前に工事が完了。

そうそう。どうも施工担当者の方の日本語が、韓国人っぽいけど、
ソウルの人の話す独特のイントネーションとは違ったので気になりましたが
わざわざ聞くのも失礼かなと思ってたのですが・・・。
(元日本語教師としては、その辺りも分かってしまうものです)
領収書を頂いた時に、名前が韓国人だと分かったので、ちょっと聞いてみました。

聞けば在日13年の生粋の釜山人。留学する前から、向こうで電気関係の仕事をしてたそうです。今は日本人の方と結婚されているそうです。
とても腰が低く誠実な人柄に好感が持てました。

海外でまじめに頑張っている人は応援したくなります。
土曜日、とうとう荷物が全部到着しました。
まだ部屋の中は散らかっているのですが、当日某揚州人の
友人が手伝いに来てくれました。

そんな中、ヤフオクで落とした衛星アンテナとチューナーが届きました。
費用は占めて29000円
これで中国のテレビ番組が見られるとのこと。
仕事でアンテナ扱ってるので、勉強と実益を兼ねて、ボーナスで買いました。

日照権の侵害にはならないことを確認し、早速セッティング。

因みに庭があります。我が家。しかも、結構広いです。

しかし、割と大きいので端から見るとその様子、どっかの国の工作員にしか見えません。(苦笑)

まずはアンテナの設計図をチェックするが、さすが中国製。
とてもいい加減に書いてましたw

ただ、組み始めてみて致命的な事実が判明!

うちの前に、家が一軒建ってました・・・・orz
一応南西方向はOKだったはずでしたが、思っていたより南西よりのようでした。

衛星の電波は微弱なため、影響があるとか。

加えて水平と思ってた地面も微妙にユガミアルナァと。(By Billy Herrington)
これでは仰角(アンテナの角度)も安定しませんな。

結局昼間は映らず、夜に再トライ。

今度は成功。
今のところ、四川、貴州、CCTV数局、上海2局と地方局5局入っています。
しかし、電波を捉え切れてない局が幾つかあるので、今後の課題です。
この前、某洛陽人とDVD屋でDVDを漁ったのですが、そこに「めぞん一刻」のDVDが売ってました。

当然ゲット。

たまたまカラテカが愛蔵版を持っていたので、昔実家で読んだことがあったんですが、(以下ネタバレ)最後響子のお父さんを背負って五代がプロポーズしたところは泣きました。

正直、響子さんのイメージは、伊東美咲(おお、一発変換)では無かったんで、期待せず見てましたが、意外に合ってましたな。

(伊東美咲は好きな女優の一人ですけど、響子さんのイメージじゃないな・・・。)

そして一刻館がある時計坂のロケ地も妙蓮寺・白楽と、実家の近辺じゃないっすか。
(因みに、大学のロケ地も実は受かってた大学の一つでした。)

今回は、五代の浪人時代について描かれてましたが、
次回もあるとのこと。

(こずえちゃんにしてはでかいな、榮倉)

そういえば、カラテカに言われたことがあります。

カ:兄貴って、五代君だよな

や:何だそりゃ?

カ:浪人してるし、就職失敗してるし、バイトしながら先生の資格取ったじゃねえか。

や:大きなお世話だ!それに、俺は保育士じゃ無くて、日本語教師なんだけどな。

カ:おまけに、今の生活!おせっかいな"住民”に色々と

や:ああ、それは言えてる。(爆)宴会しょっちゅうやってるし、
プライベートにも干渉してくるし。

カ:しかし、違うところがある。そう、それは(オチバレバレですが)
響子さんに相当する人が身の回りにいないことだ!w

や:うるせえよ!(泣)

でも、僕は五代君の生き方は好きです・・。

久しぶりに懐かしいものを見させていただきました。
こっちで、チェ・ジウの101回目のプロポーズが放送されていました。
日中韓三国合作というけれど、実際は中韓合作かな。
日本人の役者は出ていません。

舞台は韓国と上海。
ジウ姫も実際は中国語を話しているようでしたが、(口の動きで)
全て吹き替えになっていました。
(えらく甲高い声になっていた。実際は結構どすが聞いてるんですけどね。)

ストーリーの内容はほぼ一緒。
ただ、元ネタで司法試験挑戦というところが、国費派遣留学選抜試験と言う所になっているのが、中国らしいというのでしょうか。

落ちが見えていたけど、それなりに感動しました。
自分にしては珍しく、毎日のようにドラマを楽しみに帰って来る
生活をしてました。

実は高校時代に武田&浅野Versionは見てたんですわ。
あれを見て、武田のような行動力が欲しいな・・と思いました。

今もその気持ちは変わりません。

・・・でも、あんな男が現実にいたら、女性はどん引きなんだろうな。
いつも行くリサイクルショップで、VCD BOXを発見。(海賊版、でしょうな。売り飛ばした方、サンキュー!)
初めて最初から最後までフルで見ました。
(当時は、留学前でバイトで忙しく、見る暇もなかった。)

やっぱり、面白いわ。話のテンポもいいし、伏線とかもしっかりしているし。その辺のアイスホッケードラマよか、遥かに見ごたえがある。
(いえね、「自尊心」一回しか見てないけど。でも、すぐチャンネル変えた。)

個人的には、伊集院光のアニヲタ役にはまってしまった。
うまい!うますぎる!!
こう言う奴、浪人時代にいましたわ。
(この辺のネタは秘密日記で。)

あと、チョイ役で、結構後に有名になる人出てますな。
小池栄子とか、アイフルのCMのお父さんとか。
あと、「こころ」で銀ちゃんやってた役者とか。
(名前が出てこない。)

で、サイトを調べてみると、もうすぐMOVIE2のDVDが出るそうで。
AMAZONで買うしかないかな。

ただ、MOVIE1はこの国でも公開されたので、もしかすると2も近いうちに公開かもしれません。
この国は突然日本映画や韓国映画を公開したりするので。

シンガポールの映画事情はまたの機会にじっくり書きます。

Lesson 358 怒り収まり

2004年3月24日 TV
オペレーションマネージャーも言い過ぎたと思ってたようで・・。

ただ基地外な客が多い。と怒ってもしょうがない。それが俺らの仕事なんだから。悲しいけど。

それにしても、いかりや長介の訃報には正直耳を疑った。と言うより、信じられなかった。
これを知ったのは、某日記サイト。

この日記でも何度か書いたが、自分にとって土曜日は週に一回夜更かしが出きる特別な日だった。(当時幼稚園年長組)
お目当ては、やはり全員集合。いかりや率いるドリフのお化け番組だ。
幼稚園の朝礼で「皆さんおはようございます」と言うべきところで「おいっす!」といい、先生にしかられ、
ダンスの練習では、「これがダンスだ!よく見とけ!ゴルア」とばかりにひげダンスを披露し先生につまみ出された。大学入ってから行った中国で、先輩達と多くの人に「おいっす!」と言わせたり。
(もちろん!中国語で「声が小さい」ということも忘れない)

僕らの世代は、皆口にこそ出さないにせよ、どこかで彼らの影響を受けているんだと思う。

晩年は、踊る大捜査線・Good Luckなどで渋い演技を見せていて、「日本のモーガン・フリーマン」とも呼ばれていた。
モーガン・フリーマンは言いすぎだろうとは思ったけど、今思うとそれに匹敵するくらい渋い演技を見せていたかなと思う。

有名人の訃報にこれほど落ち込むと言うか、ショックを受けたことは初めてだろう。正直。

ご冥福をお祈りいたします。

お気に入り日記の更新

最新のコメント

日記内を検索